日本語ラップの歴史とともに
見る押韻技術の変遷

年表や動画情報は随時更新中。

1973

1973/8/11

ヒップホップ誕生の日

1974

ヒップホップとの直接的な関係はないが、日本初のラップ的な歌唱法を取り入れた楽曲がリリース。

  • 『岡林 信康 / ホビット』
1979

世界初のラップレコードがリリース。

  • 『Rapper's Delight / The Sugarhill Gang』
1981

一般歌謡曲の中でファンクビートにおしゃべりを載せた楽曲がリリース。

  • 『咲坂と桃内のごきげんいかが1・2・3(ワン・ツゥ・スリー) / スネークマンショー』
  • 『邦子のかわい子ブリっ子(バスガイド編) / 山田 邦子』
1983

1983/7

ブレイクダンスを取り上げた映画『フラッシュダンス』公開。

1983/10

ヒップホップの四大要素ブレイクダンス、DJ、ラップ、グラフィティが収められた映画『ワイルド・スタイル』が全米に先駆け日本で先行公開。この映画をきっかけにニューヨークのわずか一部地域での現象だったヒップホップが世界へと広がる。出演キャストが来日し各地のディスコでパフォーマンスを行い、日本にヒップホップカルチャーが紹介される。

映画に影響を受けCRAZY-A、DJ KRUSHやMC BELLなどが活動開始。

1984

ブレイクダンスブーム。ホコ天や路上にブレイクダンスをするBボーイが急増。

『俺ら東京さ行ぐだ / 吉幾三』リリース。

1985

スクラッチレコード『俺ぁ東京さ行ぐだ / ハード・コア・ボーイズ』が発売禁止処分。

コンピ『業界くん物語』にいとうせいこうによるラップ曲「業界こんなもんだラップ」が収録。

1986

1986/9/21

日本で初のヒップホップ・カルチャーを意識して作られたアルバム『建設的 / いとうせいこう & Tinnie Punx』リリース。

1987
1988

日本初のヒップホップレーベル『メジャーフォース』設立。

DJ UNDERGROUND CONTEST開催。第1回優勝者はECD、第2回優勝者はGAKU(EAST END)、審査員特別賞にスチャダラパー。以降、才能発掘のためコンテストが多数開催。

1989
1990

スチャダラパー、トンペイズ、カートゥーンズなどを中心とする『リトルバード・ネイション(LBネイション)』結成。

1992

クラッシュポッセ解散の後、マイクロフォン・ペイジャー結成。本場ニューヨークのヒップホップを経験したメンバーにより、他を圧倒するスキル、ステージングなどで一気にシーンの顔役となる。同世代のラッパーたちはマイクロフォン・ペイジャーが提示したスタイルにどう回答するのかというライバル心で切磋琢磨し、シーン全体のスキルの底上げが行われた。

1993
1994

1994/3/9

スチャダラパーとシンガーソングライター小沢健二によるコラボシングル『今夜はブギー・バック』がリリース。50万枚を超える大ヒットとなる。

1994/8/21

EAST ENDと東京パフォーマンスドールの市井由理のコラボユニットEAST END×YURIの1stシングル『DA.YO.NE』がリリース。ラジオなどから火が付き最終的に100万枚を超える特大ヒット。日本語ラップ初のミリオンセラーとなる。また続くシングル『MAICCA~まいっか』も110万枚を超える特大ヒットとなり社会現象を起こした。

1995

前年度の『今夜はブギー・バック』、『DA.YO.NE』のヒットにより一般層にもラップという歌唱法が浸透。その反面『SO.YA.NA』を始めとした各地方のローカルパロディ版や二匹目のドジョウを狙ったものなど、安易にラップを取り入れた楽曲が各レコード会社から大量にリリース。ラップブームの反面、マスメディアで扱われるラッパー像とアンダーグラウンドで鎬を削るラッパーたちとの間に大きな溝が生まれる。

1995/3/1

ECDの3rdアルバム『ホームシック』からシングルカットされた『MASS対CORE』(12inch版表記はMASS VS CORE。94年リリース。)ではマスメディアに対するアンダーグラウンドからの回答が提示され、同様の不満を抱えていたシーンから絶大な支持を持って受け入れられた。

1996

1996/7/7

日比谷野外音楽堂にてECD主催によるジャパニーズヒップホップ初の大型野外フェス『さんピンCAMP』開催。当初はavex傘下のcutting edgeレーベルの大型新人『BUDDHA BRAND』のプロモーション用イベントとして企画されていたが、同レーベルのYOU THE ROCKとK DUB SHINEが他レーベルに籍を置くそれぞれのグループ(雷、キングギドラ)を出演させたいという意向によりレーベル間を超えたアーティストが出演することとなった。出演陣の豪華さもさることながら、映像化により当時の熱気が広く拡散され伝説のイベントとなった。

1996/7/14

さんピンCAMPの翌週、同じ会場にてリトル・バード・ネイションによる『大LB夏まつり』開催。ヘッズの間でハードコア路線の『さんピンCAMP』 VS サブカル路線の『LB』という対立構造が出来上がりリスナーの二極化が始まる。実際にはスチャダラパーをはじめLBメンバーはさんピンCAMPに遊びにきていたり、映像化のディレクターをBOSEの実弟、光嶋崇(TONEPAYSのFAKE-TEE)が務めていたりとヘッズが想像していたような対立はなかった。

1997
1998
1999
2000
2002
2003

MSCを始めとしたリアリティラップの台頭。世の中に対し問題提起を行い先導者的なメッセージの多かったラップから、身の回りで起きている出来事に対しポジティブなメッセージを唱えるでもなく冷めた視点で淡々と描写するようなリリックが増え始める。

2004
2005
2006

SCARSや周辺アーティストによるハスリングラップの台頭。「ハスリング」とはドラッグ売買を指すスラング。ドラッグ匂わせるラップはこれまでにもあったがあくまでも買う側/使用する側だった。これに対しSCARSはストリートで起こっているハスリングの実情を描き、ドラッグを売る側の視点がラップで描かれ始めた。

2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014

2014/8/16

ZEEBRA主催による野外音楽フェス『SUMMER BOMB』開催。

2015

KANDYTOWNBAD HOPYENTOWNなど、先行してソロやバトル活動で名前を売っていた若手アーティストたちの本体クルーが次々と台頭。

2015/5/4

D.L(BUDDHA BRAND)逝去。

2015/5/10

RHYMESTER主催による野外音楽フェス『人間交差点』開催。

2015/9/30

MCバトル番組『フリースタイルダンジョン』放送開始。

2016

MCバトルブーム。雑誌でのラップ特集やラップCMが急増。

ディスコ、シティポップのリバイバルブーム。シティラップの台頭。

2016/4/17

LBまつりが20年ぶりに復活。『スチャダラ2016〜LB春まつり〜』開催。

2016/7/10

さんピンCAMPが20年ぶりに復活。『さんピンCAMP20』開催。

2017

YouTubeやSpotifyなどをはじめストリーミングでの視聴者数が急増。JP THE WAVYなどバイラルヒットで注目を集めるアーティストが現れ始める。ストリーミングで気になった曲がすぐ聴けるという環境が整った反面、一曲一曲の賞味期限が短くなる傾向に。

打ち込みだけでなくバンドサウンドでの作品やライブセットを取り入れるアーティストが急増。

MCバトル、ラップブームを受け、インターネットテレビ局AbemaTVにて「HIPHOPチャンネル」が開局。国内初の24時間ヒップホップを扱うチャンネルの誕生。

2018

2018/1/8

NHK-FMにて10時間の特番『今日は一日RAP三昧』を放送。米日のラップシーンを比較しながら1973年から2018年まで順に追っていくという構成で、後に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門』として書籍化。

2018/1/24

ECD逝去。

2019